善光寺参りや伊勢参りなど、江戸時代の庶民の旅に利用され賑わった下街道(したかいどう)。
明治以降も物流で栄えた街道沿いには、重厚な佇まいの商家などが残っています。
地元の有志によって建造された弘法像や観音堂などが点在し、郷土への深い想いを感じられるウォークコースです。
下街道は、名古屋城下から中山道大井宿(岐阜県恵那市)の手前の追分までを結んだ13里20丁(約58km)の脇往還(わきおうかん)で、善光寺道、伊勢道などとも呼ばれました。
信州と名古屋を結ぶ道は、上街道(木曽街道)が公式なものでしたが、下街道は4里(16km)ほど短いため、江戸時代に盛んになった善光寺参りや伊勢参り、商品の流通などで多くの庶民が行き交いました。
ほぼ現在の県道内津勝川線にあたります。
1. 春日井駅前弘法大師像
昭和2年(1927)、中央本線鳥居松駅(現:JR春日井駅)ができた時に地元の有志が計画。5年後に高さ10mの弘法大師像が完成しました。 駅前のシンボルとして大切にされています。 |
2. 鳥居松観音
下街道「鳥居松本通り商店街」の東端に位置しています。 文化7年(1810)に西国三十三観音が、大正13年(1924)に馬頭観音が祀られました。 下街道では荷物の運搬に多くの馬が活用されたため、交通安全と商売の隆盛を祈念して馬頭観音が崇敬されたそうです。 |
3. 春日井市立郷土館
江戸末期築の酒造家の離れ屋敷。 明治13年(1880)には明治天皇がご巡幸時に休憩され、後に商工会議所や銀行としても使用されました。 建物内には入れませんが、開館時には庭から内部を観覧できます。
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4. 八幡社
寛文11年(1671)に下條村から現在地に遷座。 左義長(どんど焼き)、茅の輪くぐり、秋祭りなどの行事が盛んに行われています。 境内には木々が豊かに繁り、広々とした参道の砂利を踏みながら歩くと、とても清々しい気持ちになることができます。 |
5. 勝満山崇彦寺(しゅうげんじ)勝川(かちがわ)大弘法
昭和3年(1928)、地元の山口悦太郎氏が私財を投じて建立。 18mの高さを誇る修行姿の弘法大師像には、毎日多くの参拝者があり、勝川の名所となっています。 路地に入ると不意に現れる“大弘法さま”に、親しみと威厳を感じます。 |
約130種類のパンが並ぶ店内はいつも大賑わい。 併設のカフェでは、モーニングやランチはもちろん、パンとドリンクのセット(パン1個の場合400円、2個500円)が終日楽しめます。 春日井市の特産品・サボテンの粉末を使ったメロンパンや焼きドーナツもあります。 ウォーキング中の休憩にピッタリ!
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ウォーキングをもっと楽しみたい方のために、“+α”のコースをご紹介します。
ゴールのJR中央本線・勝川駅から下街道をさらに名古屋城下の方向に、同じくJR中央本線・新守山駅まで歩くと約5.0kmのコースが約8.9kmのコースになります。
地図中、青色の線と青色のポイントで表示させています。
愛宕社(あたごしゃ)
正和2年(1313)創建と伝えられ、祭神は火具都知命(かぐつちのみこと)。 小さな社殿ですが、古墳の上に建てられています。 この一帯は勝川古墳群にあたり、かつては多くの古墳があったといわれています。 |
長谷川邸(屋号 住吉屋)
「勝川」は正式な宿場ではありませんでしたが、旅人の往来で賑わい、道の両側には十数軒の旅籠と休み茶屋などが軒を連ねていました。 長谷川邸は「住吉屋」の屋号で、旅籠の中でも規模の大きなものでした。 現存する建物は往時の姿を留めています。個人宅のため、外観を見る際も、迷惑がかからないよう配慮していただきますようお願いいたします。 |
地酒 東龍 蔵式水屋(じざけあずまりゅう くらしきみずや)
東春酒造(あずまはるしゅぞう)は、江戸末期の元治2年(1865)に創業者の佐藤藤兵衛が名古屋城の櫓建造予定の木材を譲り受けて建築。屋号「龍田屋」で始めた酒蔵です。 この辺りは川の氾濫や水害が多い地域でした。水害対策のため、城郭のように石積みして土台を高くし、その上に土蔵を連ねた蔵式水屋が残っています。 |
今までに掲載した「愛知県内ウォーキングコース」がご覧いただけます
※掲載内容は平成26年7月取材時のものです。