広大な濃尾平野を見下ろすように、ポコッと隆起してそびえる小牧山。
戦国武将たちは、山頂からどんな景色を眺めたのでしょうか。
信長、家康が足跡を残した小牧山と、上街道の小牧宿として栄えたふもとの街並みを訪ね歩きます。
藩主や武士が通る公式街道として、江戸時代初期、尾張藩が独自に整備した全長19里(約75km)の街道のこと。名古屋城下と中山道(なかせんどう)伏見宿(岐阜県可児郡御嵩町)を結んでいました。
中山道が木曽へ通じることから「木曽街道」、小牧宿を通ることから「小牧街道」とも呼ばれ、名古屋城下から楽田追分(犬山市)までは「稲置(いなぎ)街道」としても親しまれています。
同じく尾張と中山道を結び、庶民が多く通った道は、下街道と呼ばれていました。「下街道を歩こう!」はこちら
今回歩く小牧の街は、尾張藩が上街道を整備するときに、織田信長が開いた城下町を起源とする町場を移転して小牧宿として整備され、発展しました。
1. 戒蔵院(かいぞういん)
真言宗智山派、小牧十観音第八番札所。上街道の整備に伴い、小牧山の南側から現在の場所に移転しました。本尊の「木造十一面観音菩薩立像」は、火難を防ぐ火伏(ひぶせ)観音として古くから名高く、市有形文化財に指定されています(大きな祭等のときのみ公開)。 |
2. 小牧山
▲上街道から見た小牧山
▲小牧山自然歩道 |
永禄6(1563)年、織田信長は小牧山に城を築いて清須から居を移しました。4年後に岐阜へ移ったため廃城となりましたが、その後「小牧・長久手の戦い」で、徳川家康が城跡を改修して陣城としました。頂上付近では、今も発掘調査が行われています。 小牧山の遊歩道はコースが多彩で、手軽に自然とふれあえるとあって、多くの人がウォーキングに訪れます。 ●小牧市歴史館(小牧城) 昭和43年、名古屋市の実業家・平松 茂氏(故人)が私財を投じて小牧山頂上に城を建設。市に寄贈して歴史館となりました。小牧山城や城下町の歴史について学べます。
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3. 小牧神明社
祭神は天照大神。信長が小牧に移った際、災厄除けのため清須の御園神明社を分祀したもの。毎年8月、4両の山車を引き廻す秋葉祭が有名です。 ▲縁結び・夫婦円満のご神木「連理木」 |
4. 岸田家
岸田家は、江戸時代に小牧宿の脇本陣や小牧村の庄屋を務めた旧家です。現在は幕末の姿が復元され、市の有形民俗文化財となっています。室内見学は予約制。
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大正2(1913)年創業の老舗。併設のカフェ『旬果工房FRU果(フルカ)』では、パフェやジュース、ジェラート、ゼリーなど旬の果物を使ったスイーツを楽しむことができます。パスタやサンドイッチなどランチメニューも好評。
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明治13(1880)年創業の和菓子店。名物は、丁寧に炊いた小豆餡を「うす皮」で包んだうす皮まんじゅう(120円)。うす皮は「薄い皮」のことではなく、「臼でひいた粉を使った」という意味。素朴な美味しさと、明るいおかあさんの応対に、心もほっこり。
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ウォーキングをもっと楽しみたい方のために、“+α”のコースをご紹介します。
名鉄小牧線田県神社前駅をスタートにし、田縣神社と岩崎山砦跡を訪ねてから、オススメコースを回ると約7.7kmのコースが約11.3kmになります。
地図中、青色の線と青色のポイントで表示させています。
田縣神社(たがたじんじゃ)
「小牧・長久手の戦い」で、秀吉方が砦を築いた久保山のふもとに続く縣(あが)の森に鎮座する神社。延長5(927)年に編纂された『延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)』にも記載されている式内神社で、五穀豊穣、家業繁栄、開拓の祖神として崇められてきました。毎年新しく作成される大男茎形(おおおわせがた)を厄男たちが神輿に担ぐ豊年祭は、万物の育成、子孫繁栄を祈願する「天下の奇祭」として国内外で有名です。豊年祭は毎年3月15日に行われます。 |
岩崎山砦跡
天正12(1584)年の「小牧・長久手の戦い」で、熊野神社境内の岩崎山山頂に秀吉方が最前線の砦を築きました。稲葉一鉄・貞道父子等が将となり4,000の兵で守りました。標高はわずか54.9mですが、現在も小牧山周辺を一望することができます。熊野神社の五枚岩は風化浸食作用で岩が5枚に分かれたもので県天然記念物です。 ▲県天然記念物「五枚岩」 |
今までに掲載した「愛知県内ウォーキングコース」がご覧いただけます
※掲載内容は平成26年12月取材時のものです。